2009年4月に導入された、教員免許更新制。これまで一生涯の資格だった教員免許が、10年ごとの更新を必要とするものとなった。
実は私は、小学校と幼稚園の教員免許を持っている。その免許の有効期限は来年の3月末だ。そのため去年から免許更新に必要な講座を受けている。
そもそも私は講習を受けてみるまで、この制度に対して特に何も感じていなかった。しかし実際に受講してみて、この制度に対して疑問を感じている。
免許更新タイミング、通知はなし
教員免許更新制に対して感じた疑問の1つめが、通知が来ないことだ。
10年に1度の更新(※1)が必要な教員免許。正直、免許を取って毎日毎年この免許のことを考えている人でなければ、免許更新のタイミングを忘れていても不思議ではない。
しかし教員免許の場合、運転免許更新のようにはがきで通知がくることはない。今回私も、更新講習に申し込んだという友人のSNSの投稿を見るまで、免許更新のことなんて頭からすっかり抜け落ちていた。
忘れてしまうほうが悪いと言われれば、そうだろう。しかし更新と更新の間に10年ものスパンがあるものを各自の記憶に頼るのは、免許失効者を増やす要因にならないかと疑問に感じた。



実際に更新のタイミングを忘れて免許を失効した人もいる。中には免許を切り替えた際に自動的に更新されるものだと思っていたり、そもそもこの制度のことを知らなかったりして、免許失効となってしまった先生もいる。制度の周知にも課題がありそうだ。
昨日までいた先生が、免許を失効していたせいで教壇に立てなくなるのは、子どもたちにとっても大きなダメージとなる。
せめて通知を、と願うのはきっと、私だけではないと思う。
教員への挑戦や復職をためらいかねない、ハードルの高さ
2つめに気になったことは、システムのハードルの高さだ。
実は教員免許の更新は、免許を持っていたとしても教員として採用・任用されたことがなく、今後もなる予定がない人には、講習を受ける資格すらない。これは働く上で絶対に免許が必要な現職の先生に講習を優先的に受けてもらうための措置だ。
ちなみになぜ今回私は講習を受けられているかというと、1年4カ月という短い期間ではあるものの教員経験があるからだ。
現職優先の措置は必要だと思う。もし現職の先生が講習を受けられず免許を失効したならば、子どもたちの授業に少なからず影響が出てしまうからだ。
ただ、教職以外の仕事についたもののやはり先生になりたい、子育てや介護のために一度退職したものの再び教壇に立ちたいと志す人たちにとって、今の制度はやさしくないと感じる。

そう思う理由が、この受講対象者証明欄だ。ここには教育委員会や勤務校もしくは前任校の校長の署名捺印が必要となる。私は前任校の校長に証明をお願いした。
ただ私の場合、前任校とはいっても教員だったのは9年前。勤務している先生たちは異動でガラッと変わっていたため、私を知る人は一人もいなかった。校長先生には、自称「昔ここに勤務していた」という全く顔も知らないあやしい人間に対して「受講資格がある」という証明してもらわなければならないのだ。
私はすんなりと署名捺印がもらえたからよかったものの、中には自分の名前と職印を知りもしない人のために提供することに抵抗を覚える人もいると思う。証明書への署名捺印には責任が伴うため、仕方のないことだろう。
こう考えると、講習受講の資格者証明をもらうだけの電話をかけるのに、走り高跳びの世界記録にいきなり挑戦するくらいのハードルの高さを感じた。
また教育委員会に証明してもらった友人に話を聞いたところ、署名捺印してもらうのに700円かかったという。もちろん自治体や教育委員会によって対応は異なるだろうが、受講資格の証明にも費用がかかることには疑問が残る。

さらに費用は、受講資格証明だけでなく講習ごとにもかかってくる。その費用は、1講習につき約6,000円。それを最低5つは受けなければならない(※2)ので、30,000円の出費となる。私はこの受講料を払うときに、心の中で大粒の涙を流した。
さらに免許更新講習を受け終えたら修了証明を発行してもらわなければならないのだが、これにも数千円の費用がかかるのだ。
どの費用もこの制度を運用していくために必要だと言われればそうなのだが、そもそも免許更新という制度がなければこの運用費も必要なかったのではと思わずにいられない。
昨今の教育現場では教員不足が課題となっている。新年度に担任が足りないなんていう自治体もあるほどだ。


実際に私は、臨時的任用(講師)ではあるが某転職サイトを介して関西圏の教育委員会からスカウトメールが届いたこともある。以前は講師登録さえ待ちの姿勢だった教育委員会が、お金を払って転職サイトまで使っているという事実に、教員不足がいかに深刻なのかを感じずにはいられなかった。
教育委員会や現場は、喉から手が出るほど教員免許保持者を必要としているのではないかと思う反面、転職や復職で教壇を目指す人を歓迎する気があるのだろうかとも思うのだ。
最新の知識技能を身につけるための機会、なのか?
さて、講習の申し込み段階でこれだけの疑問点がある教員免許更新制。肝心の講習のあり方についても、私は疑問を感じている。
そもそも教員免許更新制が導入された背景には、一部教員の不祥事に伴う現場の士気の低下や指導力不足、教育現場に対する保護者・地域・社会からの不信感がある。(詳しくは「今後の教員免許制度の在り方について(答申)Ⅱ教員免許更新制の可能性」へ)。
これらの課題を解決するために、教員免許更新制が以下の目的で始まった。
教員免許更新制は、その時々で求められる教員として必要な資質能力が保持されるよう、定期的に最新の知識技能を身に付けることで、教員が自信と誇りを持って教壇に立ち、社会の尊敬と信頼を得ることを目指すものです。
※文部科学省 教員免許更新制 目的より引用
5日間の講習が目的の達成にどれだけ効果を示しているのかは、今のところ分かっていない。

さらに神戸市の東須磨小で起こった教員間暴行事件や、わいせつ行為などで処分された人が282人いるというデータからも分かるように、教員の不祥事は起こり続けている。これらの不祥事を見ていると、教員免許更新講習の目的は本当に果たされているのか、結果が出ているのか、はなはだ疑問である。
また私が昨年講習を受けたある大学では、その前の年と同じ内容で実施されている講習もあった。SNSでは何年も同じテキストを使いまわしていた、オンラインで講座動画を飛ばしても試験に合格できた、といったコメントも見られた。
もちろんすべての講習がこうではないと思う。しかし最新の技術技能を身につけ、自信と誇りをもって教壇に立ち、社会からの信頼も得るという目的を、同じテキストで、しかもまともに受講しなくても試験を通過する講習で達成できるのか、ますます疑問が残る。
さらに、コロナ禍での教員免許更新講習への対応の遅さがこの疑問をより大きくした。2020年度の講習は新型コロナウイルスの影響で、全国各地の大学で定員減の対策が取られたり、中止や延期が発表されたりしている。となると他の講習を受けなければならないのだが、残席のある講習もこういう状況なので、すぐに席が埋まってしまう。
受けられるものを探してとりあえず受講して――。こんな状況が「免許状更新講習修了確認期限の延期(教員免許状有効期間の延長)の通知」が文部科学省から出た2020年6月5日まで続いていた。
とりあえず受けた講習から、人はどれだけの知識や技能を得られるだろうか。今の教員免許更新講習は、「免許を更新するため」という形式上のものになっているのではないかと思わずにはいられない。
子育てとの両立の難しさ
また実際に受けてみて感じたことがもう1つある。小さな子どもがいる人にとってこの講習は、対面式でもオンラインでも非常にハードルが高いと感じた。
1講習につき最低6時間は必要な教員免許更新講習。移動時間と休憩時間を含めれば約半日は講習に拘束されることとなる。そんな長丁場を、静かに過ごせる子どもはきっと多くはないだろう。どれだけの親が、子どもから目を離せない中で講習に集中できるだろうか。
自宅で受けられる講習にすればいいと思う人もいるかもしれない。しかしコロナ禍で子育て世代の在宅勤務が大変だという声があがったことからも、自宅での受講にも同様の事態が起こると考えられる。
実際に未就学児2人の子育てをしながら教員免許更新講習を受けようとしている友人に話を聞いたところ、オンライン講習を受けるものの集中して受けられる自信がないから夫に会社を休めないか相談しているとのことだった。また別の友人は、実家に帰ってきて親に預けて5日間の講習を受けたそうだ。
子どもは誰かに預けて参加すること――。こんな前提条件があると捉えられてもいい環境があるように感じる。
各大学に環境整備が委ねられている今の状況では、託児所などの対策はあまり期待できない。せめて国がそこに予算を割いて、子どもがいても教壇に戻るための準備ができるようにしてくれないだろうかと願う。
免許更新義務化には反対、しかし…
私は教員免許更新講習を受けてみて改めて、この制度へ反対の立場を取ろうと思った。しかし全く無意味なものだとは思っていない。
私は2019年のうちに3つの講習を受けた中で、自分の中になかった視点での考え方を得られた。なにより現場で悩みながらも子どもたちのために頑張っている先生たちの話を聞けたことは、現場を離れた人間だからこそ貴重な機会だったし、もっとこういう機会がオープンになればいいのに、とすら感じた。
というのも私は教員を辞めて初めて知ったことがたくさんある。それだけ先生という仕事につくと、教育現場ではない場所に目がいかなくなり視野が狭くなっていたのだと思う。
だからこそ大学という教育現場外に出て、その道の専門家に学んだり興味のあることに挑戦してみたりすることは、先生一人ひとりの知見になると思うのだ。
だから今の形の教員免許更新制を見直すとしたら、10年ごとの更新はなくして、現場の先生の「こんなことを学びたい」という声を最大限いかして、大学や機関、企業での学びの機会をつくったらいいと思う。外とのつながりの中から最新の知識技能や教育現場にいかせることは、必ず見つかると私は信じている。
またペーパーティーチャーは、現場経験が浅い。そのため教壇に戻る前に短期間の講習と実習を受けた上で、まずは担任外の仕事からスタートする、まずは講師任用で現場経験を積んでもらうというステップアップ制をとったらいいと思う。
制度導入から10年。コロナウイルスの影響で制度の弱点も露呈した今こそ、教員免許更新制のあり方を見直すチャンスではないだろうか。少なくとも今の義務的・形式的なやり方のままでは、教員免許更新制こそが時代に取り残されてしまいかねないと、私は思う。
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